🔷 HubSpot Sales Hub 実践教科書 — 2026年版
Chapter 3

プロスペクティング
正しい見込み客を効率よく発掘する

「アプローチする相手を間違えている」——これが営業生産性の低下の最大原因だ。どれだけ優れたシーケンスを組んでも、どれだけ磨いたトークスクリプトを持っていても、ICP に合わない相手へのアプローチは時間とエネルギーの浪費でしかない。この章では、HubSpot の Prospecting Agent・Buyer Intent・リードスコアリングを使って「正しい相手に・正しいタイミングで・最小の工数でアプローチする」技術を体系的に解説する。

📖 読了目安 30分
🎯 対象:営業担当者・インサイドセールス・RevOps
📅 2026年3月版

📋 この章の内容

  1. 3-1ICP(理想顧客プロファイル)の定義とターゲット企業リストの作成
  2. 3-2Breeze Prospecting Agent の仕組みと Selling Profile の設定
  3. 3-3Buyer Intent シグナルの活用 — 「今買う気がある企業」を検知する
  4. 3-4リードスコアリングの設計:AI スコアと手動スコアの使い分け
  5. 3-5プロスペクティングの優先順位付けと Sales Workspace の活用
Section 3-1

ICP(理想顧客プロファイル)の定義とターゲット企業リストの作成

プロスペクティングの起点は ICP(Ideal Customer Profile) の言語化だ。ICP とは「自社のプロダクト・サービスが最も価値を届けられ、かつ受注確率が高く、LTV(生涯顧客価値)も高い顧客像」のことだ。「誰にでも売れる」は「誰にも刺さらない」と同義——ICP の明文化なしに効果的なプロスペクティングはできない。

ICP を定義する3つの軸

🏢
Firmographics
企業属性
  • 業種・業態(製造業、SaaS、小売など)
  • 従業員規模(50〜300名など)
  • 売上規模(年商10億〜100億など)
  • 設立年数・成長フェーズ
  • 地域・拠点(国内のみ、グローバルなど)
  • 組織構造(子会社あり・グループ会社)
⚙️
Technographics
技術スタック
  • 現在使用しているCRM・MAツール
  • ERPシステム(SAP、NetSuiteなど)
  • コミュニケーションツール(Slack、Teamsなど)
  • 電子契約ツールの有無
  • 営業管理ツールの成熟度
  • クラウド利用率・DX 推進状況
🎯
Pain Points
課題・ペインポイント
  • 抱えている営業課題(見える化・自動化など)
  • データ分散・サイロ化問題
  • 人員増加なしの売上拡大ニーズ
  • マーケ・営業の連携不足
  • フォーキャスト精度の低さ
  • オンボーディング・離職による情報消失

HubSpot でターゲット企業リストを作成する

ICP が定義できたら、HubSpot の会社レコードをフィルタリングしてターゲット企業リストを作成する。会社一覧画面の「フィルタを追加」から業種・従業員数・リードステータス・タグなど複数条件を組み合わせて保存する。保存されたリストは「アクティブリスト」として常に最新状態を維持し、条件に合う新規企業が自動的に追加される。

ICP 条件の例HubSpot でのフィルタ設定使用プロパティ
従業員数 50〜500名 Number of Employees is between 50 and 500 Number of Employees(標準)
SaaS・IT 業種 Industry is any of "Internet Software and Services", "Computer Software" Industry(標準)
現在 Salesforce 利用中 Technologies contains "Salesforce" Technologies(Breeze Intelligence)
最近資金調達をした Recent Funding Event is known(2025年以降) Recent Funding(Breeze Intelligence)
ICP ティア A 設定済み ICP Tier is "Tier 1" ICP Tier(カスタムプロパティ)
💡 Breeze Intelligence によるデータエンリッチメント

HubSpot の Breeze Intelligence(旧 Insights、別途クレジット購入)を使うと、コンタクト・会社レコードの空欄プロパティを外部データで自動補完できる。従業員数・売上・業種・テクノロジースタック・LinkedIn URL などを自動入力してくれるため、インポートしたリストの品質を大幅に向上させられる。1レコードのエンリッチメントに 1クレジット消費する。

Section 3-2

Breeze Prospecting Agent の仕組みと Selling Profile の設定

Breeze Prospecting Agent は、HubSpot が 2025年春から本格稼働させた AI 営業エージェントだ。「見込み客を調査して、パーソナライズされたメールを生成・送信する」という営業担当者が最も時間を使う作業を自律的に実行する。2025年9月からクレジット消費制(1アクション=約100クレジット)になり、利用頻度に応じたコスト管理が必要になった。

Prospecting Agent が実行する自律的なアクション

🤖 Breeze Prospecting Agent の動作フロー
担当者が「このコンタクトにアプローチして」と指示するだけで、以下を自動実行する
1
リサーチ AI
コンタクトの LinkedIn プロフィール・会社のウェブサイト・最近のニュース・プレスリリースを自動収集。Selling Profile に設定した自社の強み・価値提案と照合してパーソナライズポイントを特定する
2
メール草案生成 AI
リサーチ結果をもとに「このコンタクトに刺さる」パーソナライズされた初回アウトリーチメールを自動生成。担当者名義・自社の価値提案・具体的なペインポイントへの言及を含む3〜5文の簡潔なメールを作成する
3
担当者レビュー 人間
生成されたメール草案を担当者が確認。修正・承認・却下を選択できる。デフォルトは「承認してから送信」だが、信頼度が上がれば「自動送信」モードに切り替えることも可能(要慎重な判断)
4
送信・トラッキング AI
承認されたメールを担当者名義で送信。開封・クリック・返信を自動トラッキングし、CRM タイムラインに記録。返信があれば担当者に通知し、次のアクションを提案する

Selling Profile の設定(成果を左右する最重要設定)

Prospecting Agent の出力品質は Selling Profile の設定精度に直結する。Selling Profile とは「自社は何者で・誰に・何の価値を提供しているか」を AI に教えるプロンプトの集合体だ。設定は「設定 → AI → Selling Profile」から行う。

⚙️ Selling Profile の主要設定項目
Company Description
自社の説明(2〜3文)
「何をしている会社か」を AI が理解できる具体的な文章で記述する。業界特有の専門用語より平易な表現で
Target Buyer
ターゲットバイヤーの定義
役職・部門・会社規模・業種など。「従業員50〜300名のSaaS企業のVP of Sales または営業責任者」のように具体的に
Value Proposition
価値提案(箇条書き 3〜5点)
バイヤーの課題に対してどんな価値を提供するか。「営業データの一元管理で〇〇を解決」などビジネス成果で表現する
Differentiators
競合との差別化ポイント
競合と比べて何が強みか。「Salesforce より設定が簡単・導入期間が短い」など具体的かつ誠実な表現で記述する
Products & Services
製品・サービスの一覧と説明
各プロダクトが解決する課題を紐づけて記述する。Agent がどのプロダクトを提案すべきか判断できるようにする
Excluded Topics
生成から除外するトピック
競合比較・価格交渉・特定の機能制限など、初回メールで触れてほしくないトピックを明示する
⚡ Prospecting Agent を使いこなすための3つのコツ

Selling Profile は月次でブラッシュアップする——実際に送信されたメールの返信率を確認し、効果の低い価値提案を修正し続ける。② 最初は必ず「レビュー後に送信」モードで使う——AI の生成品質を把握してから自動化を拡大する。③ 1日あたりのアクション数をコントロールする——クレジット消費が激しいため、高優先度のコンタクトに絞って使用し、残りはシーケンスで対応する。

Section 3-3

Buyer Intent シグナルの活用 — 「今買う気がある企業」を検知する

プロスペクティングで最も難しいのは「タイミング」だ。ICP に合致する企業でも、今が検討タイミングでなければ返信率は極めて低い。Buyer Intent シグナルを使うことで、「今まさに検討を始めようとしている企業」を優先的にアプローチできるようになる。

HubSpot で利用できる Buyer Intent シグナル一覧(2026年3月時点)

🌐
Webサイト訪問
自社サイトを訪問した企業を IP ベースで特定。価格ページ・導入事例ページへの訪問は特に高インテント
HubSpot 標準機能
💰
資金調達シグナル
ターゲット企業が新規資金調達(シリーズ A〜C等)を実施。予算確保と拡大フェーズのサインで最高優先度のシグナル
Dec 2025 追加
👥
採用動向シグナル
営業・マーケ職の求人増加は営業ツール導入の先行指標。「Sales Operations Manager 募集」は HubSpot 導入検討の高確率サイン
Dec 2025 追加
🔧
テクノロジー変更シグナル
競合ツールの導入・削除・更新を検知。「旧来の CRM を解約」は乗り換え検討の強いシグナル
Dec 2025 追加
📰
ニュース・イベント
M&A・新製品発表・経営陣の交代など。組織変革のタイミングは新ツール導入の好機になることが多い
Dec 2025 追加
📊
レビューサイト活動
G2・Capterra などのレビューサイトで自社カテゴリのツールを調査している企業を検知(Breeze Intelligence 連携)
Breeze Intelligence

Intent シグナルをワークフローに組み込む

単にシグナルを「見る」だけでなく、自動アクションのトリガーとして活用することで真価を発揮する。2025年12月のアップデートで、これらのシグナルをワークフローのトリガーとして利用できるようになった。

💰
資金調達検知 → 即座にアプローチ
資金調達シグナルを検知した瞬間にターゲット担当者をシーケンスに自動エンロール。「おめでとうございます」から始まる祝福型アウトリーチは返信率が高い
Dec 2025
🌐
価格ページ訪問 → 担当者に即通知
ターゲット企業のコンタクトが価格ページを訪問した場合、担当営業に Slack または In-app 通知を送信。「今まさに検討中」のホットリードへの優先対応を促す
Professional+
👥
採用急増 → タスク自動作成
営業・RevOps 職の求人数が急増した企業の担当者に「アプローチ検討」タスクを自動作成。Prospecting Agent でのリサーチと組み合わせると効果的
Dec 2025
🔄
競合ツール解約 → タイミング狙い打ち
競合ツールの解約・削除シグナルを検知。「乗り換えを検討しているのでは」という前提で、移行支援・比較資料を添えたアウトリーチシーケンスを自動開始する
Dec 2025
Section 3-4

リードスコアリングの設計:AI スコアと手動スコアの使い分け

リードスコアリングとは「このコンタクトはどれくらい商談化しそうか」を数値化する仕組みだ。HubSpot では手動スコアリング(ルールベース)AI による予測スコアリング(Enterprise のみ)の2種類が利用できる。それぞれ特性が異なり、使い分けが重要だ。

手動スコアリングの設計

Professional 以上で利用できる手動スコアリングは、「特定のアクション・属性に対してポイントを加算・減算するルール」を設定する形式だ。設定は「コンタクト → スコアリング → HubSpot スコア」から行う。

📊 スコアリングモデル設計例(BtoB SaaS 向け)

✅ ポジティブスコア(加算)
価格ページ訪問
高インテント
+20
資料ダウンロード
中インテント
+15
デモ申込みフォーム入力
最高インテント
+30
ICP 業種に合致
適合性
+10
ICP 従業員規模に合致
適合性
+10
メール開封(3回以上)
エンゲージメント
+5
❌ ネガティブスコア(減算)
ICP 業種に合致しない
不適合
−15
メール 30日以上未開封
低エンゲージメント
−10
配信停止(Unsubscribe)
除外対象
−50

AI 予測スコアリング(Enterprise のみ)との使い分け

手動スコアリングAI 予測スコアリング
利用プラン Professional 以上 Enterprise のみ
仕組み 人間が設定したルールに基づいてポイントを加減算 過去の受注・失注データを機械学習し、受注確率を 0〜100 でスコアリング
設定工数 初期設定に1〜2日。モデルは都度メンテナンスが必要 初期設定は最小限。過去データが多いほど精度が上がる(推奨:過去2年・200件以上)
強み 透明性が高い(なぜこのスコアかが分かる)・ルール調整が容易 人間が気づかない相関関係を発見・データが蓄積するほど精度向上
弱み 設計者のバイアスが入る・データが少ない段階では不正確 「なぜこのスコアか」が分かりにくい・データが少ないと機能しない
推奨用途 導入初期・データ蓄積中・ルールが明確な場合 データが十分に蓄積された段階・手動スコアと組み合わせて相互補完
✅ スコアリングは「MQL 閾値」とセットで設計する

スコアリングモデルを作っても、「何点以上を MQL として営業にパスするか」を決めなければ機能しない。最初は閾値 = 60点など仮置きして運用を開始し、3ヶ月ごとに「60点以上で渡したリードの商談化率」を確認して閾値を調整する。最終的には「閾値を超えた瞬間にワークフローで自動通知・自動タスク作成」まで自動化することを目標にする。

Section 3-5

プロスペクティングの優先順位付けと Sales Workspace の活用

ICP・Intent シグナル・スコアリングが揃ったら、次は「毎朝誰に最初にアプローチするか」の優先順位付けだ。Sales Workspace のプロスペクティングビューはこの「今日の優先リスト」を一画面で管理するための専用UIだ。

ターゲット企業の優先度ティア設計

Tier 1
🔥
定義
ICP 完全合致 + 高 Intent シグナルあり
アプローチ頻度
週2〜3回の複数チャネル(電話+メール+LinkedIn)
ツール
Prospecting Agent + パーソナライズシーケンス
Tier 2
🎯
定義
ICP 概ね合致 + 一部 Intent シグナルあり
アプローチ頻度
週1回のメールシーケンス中心
ツール
標準シーケンス(ある程度テンプレート化)
Tier 3
📋
定義
ICP に一部合致 / Intent シグナルなし
アプローチ頻度
マーケナーチャリングに委ねる / 低頻度のタッチのみ
ツール
自動化されたメールシーケンスのみ(人的工数最小)

Sales Workspace でのプロスペクティング日次オペレーション

時間帯アクションHubSpot の機能
朝イチ(15分) 今日の Tier 1 ターゲットの Intent シグナルを確認。昨日からの変化(資金調達・サイト訪問・採用急増)をチェック Sales Workspace → Target Accounts タブ → Intent シグナルフィード
午前(30〜60分) Prospecting Agent による Tier 1 へのリサーチ・メール草案生成。担当者がレビュー・承認・送信 Sales Workspace → Prospecting タブ → Agent のレビューキュー
午後(30分) タスクキューの Tier 2・3 へのシーケンス確認・フォローアップコール実行。HubSpot からワンクリックで発信 Sales Workspace → Today タブ → タスクキュー(コール・メール)
夕方(10分) 当日のアウトリーチ結果を確認。返信・開封・クリックを確認し、反応があった企業を最優先でフォロー Sequences タブ → エンゲージメントビュー / CRM タイムライン
⚠️ プロスペクティングの量より質の落とし穴

「1日100件にメールを送る」より「1日10件の Tier 1 に質の高いアプローチをする」方が、結果として商談化件数が多くなることが多い。Prospecting Agent を使った高品質なパーソナライズアプローチは、汎用テンプレートの返信率の3〜5倍の返信率を記録するケースもある。アウトリーチ数の最大化ではなく「Tier 1 への接触率の最大化」を KPI に設定しよう。

📌 第3章 まとめ

ICP の言語化がすべての出発点

企業属性(Firmographics)・技術スタック(Technographics)・課題(Pain Points)の3軸で ICP を定義する。HubSpot のフィルタでアクティブリストを作成し、常に最新の状態を維持する。

Prospecting Agent は Selling Profile が命

AI エージェントの出力品質は Selling Profile の設定精度に直結する。価値提案・ターゲットバイヤー・差別化ポイントを月次で見直し、常に最新・最高品質に保つ。

Intent シグナルで「今」アプローチすべき企業を特定

資金調達・採用動向・テクノロジー変更・サイト訪問の4シグナルをワークフロートリガーに設定し、「買う気が高まっている瞬間」を自動検知・自動アプローチする。

スコアリングは MQL 閾値とセットで設計する

手動スコアリングは導入初期・透明性重視の場合に有効。AI 予測スコアリングはデータが蓄積した Enterprise で。どちらも「何点で営業にパスするか」の閾値設定が必須。

Tier 別の優先順位で工数を最適配分する

Tier 1(ICP 完全合致+高 Intent)に工数の大半を集中し、Tier 2・3 は自動化されたシーケンスに委ねる。量より Tier 1 への接触率の最大化を KPI にする。

日次オペレーションを Sales Workspace で完結させる

朝イチのシグナル確認→午前の Agent レビュー→午後のタスクキュー消化→夕方の返信確認という日次ルーティンを Sales Workspace で一元管理することで、プロスペクティングが習慣化する。

Next Chapter
第4章:アウトリーチ設計 — シーケンスとテンプレートで接触を自動化する →