インバウンドが枯渇し、「来るを待つ」だけでは大型案件が埋まらない——そう感じているチームに有効なのが ABM(Account-Based Marketing / Sales) だ。ターゲット企業を先に決め、営業とマーケが連携して集中的にアプローチする。HubSpot の Target Accounts 機能・Buyer Intent シグナル・Prospecting Agent が2025〜2026年にかけて大幅に強化されたことで、従来はエンタープライズ専用だった ABM 戦略が中堅 B2B 企業でも現実的に実装できるようになった。この章では HubSpot を使った ABM の設計と実行を体系的に解説する。
ABM(Account-Based Marketing / Sales)は、「見込み客が来るのを待つ」インバウンド型と対照的に、受注したい企業リストをあらかじめ決め、営業とマーケが一体となってその企業に集中的にアプローチする戦略だ。「面」で広く種をまくのではなく、「点」に絞って深く耕す発想だ。
| 条件 | ABM に向く | インバウンドの方が向く |
|---|---|---|
| ターゲット市場の規模 | TAM が明確で対象企業が数百〜数千社に絞れる | 対象企業が数万社以上・個人ユーザーも含む |
| 成約単価(ACV) | 年間 100万円以上の大型案件が中心 | 単価が低く件数でスケールするモデル |
| 意思決定の複雑さ | 複数の意思決定者・長い検討期間(3ヶ月以上) | 担当者1名で即決・クレジットカード購入 |
| 営業・マーケの体制 | 両チームが同じ KPI でアライメントできる | マーケが MQL 数だけを追うサイロ型組織 |
| 既存顧客の特徴 | 上位 20% の顧客が売上の 80% を占める | 売上が顧客間で均等に分散している |
ABM とインバウンドは排他的な関係ではない。多くの組織は既存のインバウンド施策を維持しながら、「Tier 1 の戦略的アカウントには ABM を適用する優先レーン」を追加する形で始める。最初から ABM にすべて切り替えようとすると組織変更のコストが高く、失敗リスクが上がる。まず 20〜30 社の Tier 1 リストから始め、再現性が確認できたら拡大するのが現実的な進め方だ。
ABM の成否はターゲットリストの質で決まる。「なんとなく大きそうな会社」を並べたリストではなく、ICP(理想顧客像)に基づいて選定・Tier 分けされたターゲットアカウントリストが ABM の土台だ。HubSpot の Target Accounts 機能(Sales Hub Professional 以上)では、会社レコードにターゲットフラグと Tier を設定し、Prospecting Agent や Sales Workspace と連携して運用できる。
| 選定軸 | 具体的な基準例 | データソース |
|---|---|---|
| フィットスコア(静的) | 業種・従業員数・年商・技術スタック・地域が ICP に合致しているか。スコアリングして上位企業を抽出する | HubSpot の会社プロパティ・LinkedIn・外部データエンリッチ(Clearbit・Apollo 等) |
| インテントシグナル(動的) | 自社サービスカテゴリの検索増加・競合ツールの解約・採用ポスト増加・資金調達など「今が動きやすいタイミング」を示すシグナル | HubSpot Buyer Intent・Bombora・G2・LinkedIn 採用情報 |
| 既存顧客との類似性 | 成功している既存顧客(NPS 高・更新率高・LTV 高)に最も属性が近い企業を優先する。「成功パターン」の再現を狙う | HubSpot の顧客プロパティ・CS チームからのインプット |
| 関係性の有無 | 既存の接点(過去の商談・ウェビナー参加・資料DL)がある企業は最優先。ゼロからより温度感がある分アプローチしやすい | HubSpot の会社レコード・コンタクト履歴・過去の商談記録 |
Tier 1・2・3 の定義を組織として統一しておかないと、担当者ごとに「Tier 1 の扱い」がバラバラになる。Tier 1:年内にクローズできる可能性が高い最優先 20〜30 社(営業が週次でアクティブ管理)、Tier 2:6〜12ヶ月以内に商談化が期待できる 50〜100 社(マーケが主導でナーチャリング)、Tier 3:ICP には合致するが接触機会が少ない 100〜300 社(広告・コンテンツで認知形成)という3層構造が標準的だ。
2025年12月のアップデートで、HubSpot の Buyer Intent 機能に5種類の新シグナルが追加され、「今まさに動きやすい企業」の検知精度が大幅に向上した。これらのシグナルをワークフローのトリガーとして活用することで、タイミングを外さないアプローチが自動化できる。
単一のシグナルで即アプローチするのではなく、複数のシグナルが重なった企業を最優先として扱う設計が効果的だ。「資金調達+営業職採用急増+検索インテント高」が重なった企業は、「今まさに営業ツールを探している」確率が極めて高い。HubSpot の会社スコアリング機能で各シグナルに点数を割り振り、合算スコアの高い企業を Tier 1 に自動昇格させるワークフローを設定しておこう。
ABM で重要なのは「誰に」アプローチするかだけでなく、「どのタイミングで」「どんなメッセージで」「誰が」アプローチするかを プレイブック(再現可能な打ち手の手順書)として設計することだ。シグナルごとにプレイを標準化することで、担当者の経験値に依存しない ABM の実行が可能になる。
ABM が機能しない最大の理由は営業とマーケのアライメント不足だ。営業は「マーケが作ったコンテンツが刺さらない」と言い、マーケは「営業がフォローアップしない」と言う——この分断をなくすために、ABM では共通のターゲットリスト・共通の KPI・定期的な合同レビューが不可欠だ。
ABM は従来の「リード件数」ではなく、アカウント単位のエンゲージメントと進捗で評価する。KPI の設計を変えることが、営業とマーケのアライメントを促進する。
ABM の成果を最大化するために、毎月1回のSales・Marketing 合同 ABM レビューを制度化する。アジェンダは「①先月の Tier 1 アカウントの進捗確認 ②新たな Intent シグナルの共有 ③使用したコンテンツの有効性評価 ④来月のターゲットリストの調整」の4項目で45分以内に完結させる。このレビューが「マーケは MQL を、営業は受注を追う」という分断を解消し、両チームが同じターゲット・同じゴールで動く文化を作る。
既存のインバウンドを維持しながら、ICP 完全合致の 20〜30 社を Tier 1 として ABM の集中対象に設定する。最初から全社的に ABM に切り替えようとすると失敗リスクが高い。
フィットスコア(静的属性)だけでなく、インテントシグナル(動的)と既存成功顧客との類似性を組み合わせる。HubSpot の会社スコアリングで自動 Tier 分けを実装する。
資金調達・採用急増・テクノロジー変更・経営層異動・検索インテントの5シグナルをワークフロートリガーに設定し、「今が動きやすいタイミング」を自動検知してプレイを起動する。
資金調達プレイ・競合乗り換えプレイ・新任幹部プレイ・再訪問プレイの4つを出発点に、「誰が・何日目に・何をするか」を文書化する。担当者の経験値に依存しない ABM の再現性が生まれる。
カバレッジ率・エンゲージメント率・ABM 経由 ACV・Tier 1 受注転換率を ABM の測定指標として設定する。従来の「MQL 数」だけを追う KPI 設計では ABM の効果を正しく評価できない。
月次 45分の合同 ABM レビューで、同じターゲットリスト・同じゴールで両チームが動く文化を作る。「マーケはリード、営業は受注」というサイロを解消することが ABM 成功の組織的な前提条件だ。