🔷 HubSpot Sales Hub 実践教科書 — 2026年版
Chapter 9

ABM
ターゲットアカウント戦略で大型受注を狙う

インバウンドが枯渇し、「来るを待つ」だけでは大型案件が埋まらない——そう感じているチームに有効なのが ABM(Account-Based Marketing / Sales) だ。ターゲット企業を先に決め、営業とマーケが連携して集中的にアプローチする。HubSpot の Target Accounts 機能・Buyer Intent シグナル・Prospecting Agent が2025〜2026年にかけて大幅に強化されたことで、従来はエンタープライズ専用だった ABM 戦略が中堅 B2B 企業でも現実的に実装できるようになった。この章では HubSpot を使った ABM の設計と実行を体系的に解説する。

📖 読了目安 30分
🎯 対象:営業責任者・マーケ責任者・RevOps
📅 2026年3月版

📋 この章の内容

  1. 9-1ABM とは何か:インバウンドとの違い・どんな組織に向くか
  2. 9-2Target Accounts の選定と Tier 分けの設計
  3. 9-3Buyer Intent シグナルの活用(Dec 2025 アップデート)
  4. 9-4ABM プレイブック:シグナル別の具体的アプローチ設計
  5. 9-5営業・マーケ連携の設計と ABM KPI の測定
Section 9-1

ABM とは何か:インバウンドとの違い・どんな組織に向くか

ABM(Account-Based Marketing / Sales)は、「見込み客が来るのを待つ」インバウンド型と対照的に、受注したい企業リストをあらかじめ決め、営業とマーケが一体となってその企業に集中的にアプローチする戦略だ。「面」で広く種をまくのではなく、「点」に絞って深く耕す発想だ。

従来型インバウンド
広く網を張って、来た人を受け止める
  • SEO・広告・コンテンツで不特定多数に訴求
  • リードが「来たら」フォローアップを開始する
  • リードの質にバラつきがあり、選別に工数がかかる
  • スケールしやすいが大型案件の獲得は偶発的
  • マーケと営業が別々のゴールで動きやすい
  • ターゲット企業全員にリーチできるとは限らない
ABM(アカウントベース)
受注したい企業を先に決め、集中投資する
  • ターゲット企業リストをあらかじめ確定させる
  • 相手が来る前からリサーチ・アプローチを開始
  • 最初から ICP に合致した企業だけにリソースを投入
  • 大型案件・エンタープライズ受注に特に有効
  • 営業とマーケが同じターゲットリストで動く
  • バイイングコミッティの全員にリーチすることを目指す

ABM が向いている組織の特徴

条件ABM に向くインバウンドの方が向く
ターゲット市場の規模 TAM が明確で対象企業が数百〜数千社に絞れる 対象企業が数万社以上・個人ユーザーも含む
成約単価(ACV) 年間 100万円以上の大型案件が中心 単価が低く件数でスケールするモデル
意思決定の複雑さ 複数の意思決定者・長い検討期間(3ヶ月以上) 担当者1名で即決・クレジットカード購入
営業・マーケの体制 両チームが同じ KPI でアライメントできる マーケが MQL 数だけを追うサイロ型組織
既存顧客の特徴 上位 20% の顧客が売上の 80% を占める 売上が顧客間で均等に分散している
💡 ABM は「完全置換」ではなく「優先レーン」として始める

ABM とインバウンドは排他的な関係ではない。多くの組織は既存のインバウンド施策を維持しながら、「Tier 1 の戦略的アカウントには ABM を適用する優先レーン」を追加する形で始める。最初から ABM にすべて切り替えようとすると組織変更のコストが高く、失敗リスクが上がる。まず 20〜30 社の Tier 1 リストから始め、再現性が確認できたら拡大するのが現実的な進め方だ。

Section 9-2

Target Accounts の選定と Tier 分けの設計

ABM の成否はターゲットリストの質で決まる。「なんとなく大きそうな会社」を並べたリストではなく、ICP(理想顧客像)に基づいて選定・Tier 分けされたターゲットアカウントリストが ABM の土台だ。HubSpot の Target Accounts 機能(Sales Hub Professional 以上)では、会社レコードにターゲットフラグと Tier を設定し、Prospecting Agent や Sales Workspace と連携して運用できる。

ターゲットアカウントの選定基準

選定軸具体的な基準例データソース
フィットスコア(静的) 業種・従業員数・年商・技術スタック・地域が ICP に合致しているか。スコアリングして上位企業を抽出する HubSpot の会社プロパティ・LinkedIn・外部データエンリッチ(Clearbit・Apollo 等)
インテントシグナル(動的) 自社サービスカテゴリの検索増加・競合ツールの解約・採用ポスト増加・資金調達など「今が動きやすいタイミング」を示すシグナル HubSpot Buyer Intent・Bombora・G2・LinkedIn 採用情報
既存顧客との類似性 成功している既存顧客(NPS 高・更新率高・LTV 高)に最も属性が近い企業を優先する。「成功パターン」の再現を狙う HubSpot の顧客プロパティ・CS チームからのインプット
関係性の有無 既存の接点(過去の商談・ウェビナー参加・資料DL)がある企業は最優先。ゼロからより温度感がある分アプローチしやすい HubSpot の会社レコード・コンタクト履歴・過去の商談記録

Tier 1 アカウントのレコード活用例

株式会社テックフォース
SaaS / 従業員 320名 / 東京
Tier 1 — 最優先
フィットスコア
94
インテントスコア
High
推定 ACV
¥3,600,000
最終接触
32日前
担当営業
山田
👥 コンタクト / 役割
中村 VP of Sales
Economic Buyer(未接触)
木村 営業企画部長
Champion(温度感あり)
?
情シス担当(未特定)
Blocker 候補
📡 Intent シグナル
💰
シリーズ B 調達(¥8億) — 3週間前。営業チーム拡大の可能性大
👥
営業職を5名採用中 — 現在7件の求人。Sales Ops ポスト含む
🔍
「CRM 導入」カテゴリの検索急増 — Bombora スコア 82/100
✅ 次のアクション
3/10
調達おめでとうメール → 木村部長(Champion)に送付
3/12
中村 VP への LinkedIn アプローチ(木村部長経由の紹介を依頼)
3/17
情シス担当を特定し、バイイングコミッティを完成させる
✅ Tier の定義を明文化する

Tier 1・2・3 の定義を組織として統一しておかないと、担当者ごとに「Tier 1 の扱い」がバラバラになる。Tier 1:年内にクローズできる可能性が高い最優先 20〜30 社(営業が週次でアクティブ管理)Tier 2:6〜12ヶ月以内に商談化が期待できる 50〜100 社(マーケが主導でナーチャリング)Tier 3:ICP には合致するが接触機会が少ない 100〜300 社(広告・コンテンツで認知形成)という3層構造が標準的だ。

Section 9-3

Buyer Intent シグナルの活用(Dec 2025 アップデート)

2025年12月のアップデートで、HubSpot の Buyer Intent 機能に5種類の新シグナルが追加され、「今まさに動きやすい企業」の検知精度が大幅に向上した。これらのシグナルをワークフローのトリガーとして活用することで、タイミングを外さないアプローチが自動化できる。

💰
資金調達シグナル
ターゲット企業の資金調達(シリーズ A〜C、IPO 準備等)を検知。調達直後は採用・ツール投資が活発化する最高のタイミング
→ 「調達おめでとう」メール + 営業チーム拡大支援の文脈でアプローチ
Dec 2025 新機能
📈
採用急増シグナル
営業・マーケ・RevOps 職の求人数が急増した企業を検知。「ツールを整備する前に人が増える」タイミングを捉える
→ 「採用拡大に合わせた営業インフラ整備」の文脈でアプローチ
Dec 2025 新機能
🔄
テクノロジー変更シグナル
競合ツールを解約・新規導入したことを検知。既存ツールへの不満が顕在化したタイミングは最大のアプローチ機会
→ 競合ツールからの移行事例・ROI 比較資料でアプローチ
Dec 2025 新機能
🔍
検索インテントシグナル
自社カテゴリに関連するキーワードの検索量が急増した企業を検知(Bombora 等の Third-party Intent データと連携)
→ 検索している課題に直結したコンテンツ・事例を中心にアプローチ
従来からの機能
👔
経営層の異動シグナル
CRO・CSO・VP of Sales などキーパーソンが新しく就任したことを検知。新任幹部は就任90日以内に変革プロジェクトを起動しやすい
→ 「新任おめでとう+前任者が課題にしていたテーマ」でアプローチ
Dec 2025 新機能
🌐
ウェブサイト訪問シグナル
ターゲット企業のドメインから自社サイトへの訪問を検知。価格ページ・事例ページを複数回訪問している企業は検討フェーズが高い
→ 即時担当者への Slack 通知 + 「今すぐ電話」タスク自動作成
従来からの機能
⚡ シグナルは「組み合わせ」で評価する

単一のシグナルで即アプローチするのではなく、複数のシグナルが重なった企業を最優先として扱う設計が効果的だ。「資金調達+営業職採用急増+検索インテント高」が重なった企業は、「今まさに営業ツールを探している」確率が極めて高い。HubSpot の会社スコアリング機能で各シグナルに点数を割り振り、合算スコアの高い企業を Tier 1 に自動昇格させるワークフローを設定しておこう。

Section 9-4

ABM プレイブック:シグナル別の具体的アプローチ設計

ABM で重要なのは「誰に」アプローチするかだけでなく、「どのタイミングで」「どんなメッセージで」「誰が」アプローチするかを プレイブック(再現可能な打ち手の手順書)として設計することだ。シグナルごとにプレイを標準化することで、担当者の経験値に依存しない ABM の実行が可能になる。

ABM の実行フロー全体像

🎯 ABM 実行フロー — シグナル検知からクローズまで
Phase 1
シグナル検知 & 優先度付け
  • Intent シグナルを自動検知
  • アカウントスコアを自動更新
  • Tier 昇格の自動判定
  • 担当者へ Slack 通知
Phase 2
リサーチ & 個別化
  • Prospecting Agent でリサーチ
  • バイイングコミッティを特定
  • シグナルに合わせたメッセージ設計
  • マーケが広告・コンテンツを連動
Phase 3
マルチタッチ アウトリーチ
  • Champion へパーソナライズメール
  • Economic Buyer へ別ルート
  • LinkedIn + コール + メールの組み合わせ
  • シーケンスで追跡を自動管理
Phase 4
商談化 & クローズ
  • 商談レコードに ABM 活動を集約
  • MEDDIC で商談品質を評価
  • MAP でクローズ計画を共有
  • CPQ で見積・署名を完結

シグナル別 ABM プレイの設計

Play 01
資金調達おめでとうプレイ
トリガー:資金調達シグナルを検知
  • Day 1:Champion に「おめでとうメール」送付。調達の意義を称え、チーム拡大フェーズに向けた支援を提示
  • Day 3:LinkedIn で新たなコンタクト(VP・Sales Ops)にコネクション申請
  • Day 5:成長フェーズの企業向け事例(同調達規模・同業種)をメールで共有
  • Day 8:Prospecting Agent で VP 宛てのパーソナライズメールを生成・送付
  • Day 12:フォローアップコール。「拡大フェーズでの営業インフラをどう整備するか」を聴く
🎯 担当:AE + マーケ(広告リターゲティングを並行)
Play 02
競合ツール乗り換えプレイ
トリガー:競合ツールの解約・変更シグナルを検知
  • Day 1:「ツール変更を検討中と伺いました」という軽い共感メールを Champion へ送付。押し売りはしない
  • Day 3:競合ツールから HubSpot に移行した事例(同業種)を1件添付して送付
  • Day 5:コール。「現在何が課題でツールを見直しているのか」を傾聴する
  • Day 8:課題に合わせたカスタム提案資料を作成。無料トライアルの案内を含める
  • Day 10:マネージャー同席のデモを提案。「比較検討の最終候補に入れてほしい」と伝える
🎯 担当:AE(SDR の初期アプローチ後に引き継ぎ)
Play 03
新任幹部プレイ
トリガー:CRO / VP of Sales の新任シグナルを検知
  • Day 1:「ご就任おめでとうございます」メールを新任幹部に直接送付。自己紹介と自社の簡単な説明を1文で
  • Day 4:「新任 VP が就任90日以内に着手するべき5つのこと」といった役立つコンテンツを共有
  • Day 7:LinkedIn メッセージでフォローアップ。「就任100日の優先課題」を聞く軽い質問で返信を促す
  • Day 12:「就任後の営業組織の再設計を支援した事例」を送付。1時間の情報交換を提案
🎯 担当:AE(単独実行・高い個人裁量が必要)
Play 04
ウェブサイト再訪問プレイ
トリガー:価格ページを3回以上訪問した(ターゲット企業のドメイン)
  • 即時:担当者に「🔥 今すぐ電話!」Slack 通知を送信(ワークフロー自動)
  • 30分以内:「先ほど弊社サービスをご確認いただいていましたね」を避け、「〇〇社さんの課題解決に向けて」というナチュラルな接触
  • 当日中:価格に関する FAQ・ROI 試算シートをメールで共有
  • 翌日:フォローアップコール。「検討にあたって何か疑問点はあるか」を確認
🎯 担当:担当 AE(最速レスポンスが命)
Section 9-5

営業・マーケ連携の設計と ABM KPI の測定

ABM が機能しない最大の理由は営業とマーケのアライメント不足だ。営業は「マーケが作ったコンテンツが刺さらない」と言い、マーケは「営業がフォローアップしない」と言う——この分断をなくすために、ABM では共通のターゲットリスト・共通の KPI・定期的な合同レビューが不可欠だ。

Sales が担うこと
アカウントのオーナーシップと直接アプローチ
  • ターゲットアカウントリストの最終決定に参加する
  • 各アカウントのバイイングコミッティを特定・管理する
  • プレイブックに沿った直接アウトリーチを実行する
  • マーケに「どんなコンテンツが必要か」をフィードバックする
  • 商談の進捗・障壁・インサイトを週次でマーケに共有する
  • Intent シグナルを受け取ったら 24時間以内にアクションする
Marketing が担うこと
認知形成・ナーチャリング・コンテンツ供給
  • ターゲットアカウント向けのリターゲティング広告を配信する
  • 業種・課題別のパーソナライズコンテンツを作成・提供する
  • Intent シグナルデータのモニタリングと営業への通知を担当する
  • Tier 2・3 アカウントへのナーチャリングメールを主導する
  • ABM キャンペーンのエンゲージメントデータを営業に共有する
  • 「営業が求める武器(ROI 資料・事例・比較表)」を整備する

ABM の測定 KPI

ABM は従来の「リード件数」ではなく、アカウント単位のエンゲージメントと進捗で評価する。KPI の設計を変えることが、営業とマーケのアライメントを促進する。

🎯
ターゲットアカウント カバレッジ率
目標:Tier 1 の 90%以上
ターゲットリスト内で1名以上のコンタクトが特定できている企業の割合。「知らない企業にアプローチできない」を防ぐ基礎指標
💬
アカウント エンゲージメント率
目標:Tier 1 の 60%以上
過去30日以内に何らかのアクティビティ(メール開封・訪問・返信・ミーティング)があったターゲットアカウントの割合
📊
Pipeline Coverage(ABM 経由)
目標:クォータの 3〜5 倍
ABM ターゲットアカウントから生まれている商談の合計金額。全体パイプラインに占める ABM 起点の割合を把握する
⏱️
Sales Cycle 短縮率
目標:非 ABM 比 20%短縮
ABM アカウントの商談化から受注までの平均日数。事前にリレーションを築いているため、非 ABM よりも短くなることが理想
💰
ACV(平均受注金額)
目標:非 ABM 比 1.5倍以上
ABM 経由の受注の平均年間契約金額。ABM の本来の目的は「大型案件を増やす」ことなので、ACV の向上が最重要 KPI のひとつ
🔄
Tier 1 アカウント 受注転換率
目標:年間 20〜30%
Tier 1 リストに載せたアカウントのうち、年間で実際に受注できた割合。ABM 戦略全体の ROI を最もシンプルに示す最終指標
✅ 月次 ABM レビューを Sales と Marketing の合同で実施する

ABM の成果を最大化するために、毎月1回のSales・Marketing 合同 ABM レビューを制度化する。アジェンダは「①先月の Tier 1 アカウントの進捗確認 ②新たな Intent シグナルの共有 ③使用したコンテンツの有効性評価 ④来月のターゲットリストの調整」の4項目で45分以内に完結させる。このレビューが「マーケは MQL を、営業は受注を追う」という分断を解消し、両チームが同じターゲット・同じゴールで動く文化を作る。

📌 第9章 まとめ

ABM は「完全置換」ではなく Tier 1 への集中投資として始める

既存のインバウンドを維持しながら、ICP 完全合致の 20〜30 社を Tier 1 として ABM の集中対象に設定する。最初から全社的に ABM に切り替えようとすると失敗リスクが高い。

ターゲット選定はフィット × インテント × 既存顧客類似性の3軸で

フィットスコア(静的属性)だけでなく、インテントシグナル(動的)と既存成功顧客との類似性を組み合わせる。HubSpot の会社スコアリングで自動 Tier 分けを実装する。

Dec 2025 の5新シグナルを ABM の「発火点」として活用する

資金調達・採用急増・テクノロジー変更・経営層異動・検索インテントの5シグナルをワークフロートリガーに設定し、「今が動きやすいタイミング」を自動検知してプレイを起動する。

プレイブックでシグナル別の打ち手を標準化する

資金調達プレイ・競合乗り換えプレイ・新任幹部プレイ・再訪問プレイの4つを出発点に、「誰が・何日目に・何をするか」を文書化する。担当者の経験値に依存しない ABM の再現性が生まれる。

KPI はリード件数から「アカウント単位の進捗」に変える

カバレッジ率・エンゲージメント率・ABM 経由 ACV・Tier 1 受注転換率を ABM の測定指標として設定する。従来の「MQL 数」だけを追う KPI 設計では ABM の効果を正しく評価できない。

Sales × Marketing の合同レビューで分断をなくす

月次 45分の合同 ABM レビューで、同じターゲットリスト・同じゴールで両チームが動く文化を作る。「マーケはリード、営業は受注」というサイロを解消することが ABM 成功の組織的な前提条件だ。

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